新元号になったから言えること~創業の想い~
ブログへの訪問、ありがとうございます。NEO FLAG.Weddingの尾山知士です。
いよいよ始まりましたね。
「令和」
新しい時代が始まったからこそ、今回のブログでは普段、なかなかお伝えしない、私たち、NEO FLAG.Weddingのエピソードをお話ししようと思います。
「平成」に産声を挙げた、NEO FLAG.という会社がどのように平成の後半を駆け抜けて、これからの「令和」の時代を創るのか…。
今回はちょっと長文です。コーヒーでも飲みながらリラックスしながら読んでもらえたら嬉しいです。
椅子に座っているのが、当社代表の新野 仁也(シンノ ジンヤ)です。
今回は、そんな当社代表の「創業時代物語」を書き綴ります。
この記事の目次
この世の中から悲しいニュースを無くしたい。
新野が一番、大切にしている想いです。
この想い1つで、これまでNEO FLAG.は走ってきましたし令和の時代も走り続けて行きます。
ウェディング業界に入る前の新野は関空勤め
ウェディング業界に入る前の新野は、関西国際空港で働く旅行代理店の社員でした。
持ち前のバイタリティで若干22歳という若さで「副所長」という立場で日々、頑張っていました。
そして、西日本営業本部に異動となり、事業として当時開催されたビックイベント「日韓サッカーワールドカップ」にて世界中から集まる選手たちのディスパッチ業務(各ホテルやスタジアムへの手配や誘導)を統括として任せられるほどに、旅行業界でバリバリ活躍していました。
しかし、時同じころ…
世界を揺るがす衝撃的な事件が起こります。
9.11 同時多発テロ
これまでの旅行業界がウソのように一気に不景気になり、世界中が「旅行自粛」の雰囲気となり、当時の40歳代、50歳代の新野の先輩たちが目の前でどんどんリストラされる光景を目の当たりに…
部署は違えど、自分の元上司が恐らく家族にも言えず、公園でスーツ姿で、ハトに餌をあげている姿に流石に声もかけるこ事も出来ず。
そんなドラマみたいな光景を目の当たりに…
本人曰く、今も記憶に残る衝撃的光景だったそうです。
そんな折、
「本当にこのままでいいのか?」と考え、「人の幸せを創る仕事がしたい!」ということでいよいよ、ウェディング業界へと26歳の時に転職します。
日本で有数のウェディング演出企業に成長させる
当時、入社した会社は、まだ社員も3名しかいなかった関西のウェディング演出の会社でした。
ウェディング演出とは例えば、花火を打ち上げたり、雪を降らせたり、光のお水を使用した幻想的な演出をしたり
ウェディングシーンに特化した演出ディレクターのお仕事です。
(実は私、尾山と新野が出会った会社でもあります)
そこで、出会った当時の社長の考え方にトコトンほれ込み、その社長の自宅に泊まり込みで日々の仕事に時間度外視でのめり込みます。
その結果、わずか数年で、全国、4拠点に広がり、業界シェアナンバー1を誇る程の会社に成長させます。
その後、営業統括部長という立場となりたくさんの部下たちを束ねることになります。
本当に当時の新野は、相当怖かったですが(鬼軍曹の異名すらありましたw)、そんな鬼軍曹ながらも誰よりも部下に取引先に愛情深く、みんなから慕われる、憧れのヒーロー的存在でした。
しかし、またしても悲劇は起こります。
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東日本大震災という衝撃的な天災
急遽起こった衝撃的な自然災害でした。
震災直後、関東圏では多くの結婚式やイベントと呼ばれる祝宴は自粛ムードに包まれ、相次ぐキャンセル。
業界は混沌とした中 ある「転機」が訪れます。
同年6月 まだまだ自粛ムードの中に開催された1つの結婚式。新野は演出ディレクターとして携わる事となります。
その結婚式は「感謝」「誓い」「宣言」という、日本人らしい涙と笑顔に溢れたものだったそうで、新郎新婦と招待されたゲストが
「よく生きていてくれた!」
など、会場内で抱き合ったりする光景が度々。
ラストシーンでは、2人が夫婦となる事を参加者全てが涙ながらに「承認」する姿がありました。
会場にいた新野も思わず号泣してしまったそうです。
これまでの形式的で通り一辺倒な「THE披露宴」スタイルや当時流行りつつあった?白亜の洋館で、高級料理とシャンパン片手にデザートはブッフェスタイル!ゲストと語らいの時間が主軸の「欧米風スタイル」とは明らかに異なった、まさに「日本の祝宴」といった血の通った結婚式を見たことが
【ターニング・ポイント】となります。
新野の全身に雷が落ちたぐらいの衝撃にかられ、そして、「これが、本当の結婚式だ!」「これが日本人の結婚式だ!」と沸き起こる想いと抑えきれない衝動が沸き起こったそうです。
そして、このことが、後のNEO FLAG.創業のきっかけとなります。
悲しいニュースを少しでもなくしたい
本来、あるべきこのような本質的な結婚式を沢山増やす事で、現在3組に1組と言われる離婚や、世の中に溢れている沢山の
「悲しいニュース」
を少しでも少なくする事が出来るのではないか?
人々の気持ち、さらに言えば人生までをも、もっと豊かに出来るのではないか?
それが、自分自身の使命であり、社会貢献に繋がるのではないか。
そのような志を持ち、これまで結婚式の進行・演出で培ったノウハウを、結婚式のみならず、誕生日や結婚記念日などの個人の記念日や企業の法人周年パーティーに転換し、より心に残るような
【記念日をプロデュースする】
という内容で2011年8月に創業に至るのです。
創業当初から3名の社員
新野が辞めることを聞いた私は、いてもたってもいられず、「僕も辞めます!給料はいらないので連れて行って下さい!」と、伝えていました。
それは当時、勤めている会社へのある種の背反行為にもなる為、何度も断られましたが半ば無理やり、付いていき、いきなり社員3名からのスタートとなりました。
今思えば、全く仕事もないのに創業時から社員を3名も抱えるということは尋常ではない覚悟があったと思います。
仕事も人脈も、お金も0。アパートに社員と集まるだけの日々。
2011年8月1日に創業し、人脈もクライアントも0の状況からスタートしました。
0から仕事を創る大変さを「これでもか!」と言う程味わい、情熱だけはあるけれど、一切、仕事のない日々。
毎日アパートの一室のオフィスで顔を合わせるだけの日々。
いま、振りかえってもそれが一番辛かったことです。
当時は潤沢な運転資金や明確な事業計画がある訳でもなく、創業開始と同時に「倒産」の文字が見え隠れする日々。
そんな中私たちの中にあるのは、絶対的な感動のパーティーや記念日を創れる!という根拠のない「自信」と「志」のみの状況でした。
「毎日ただ集まるだけなら足を使おう!」という事で、友人知人に対する宣伝活動は元より、都内で開催される一般イベント等がある事を知れば足を運び、出口でビラ配りをしました。
オフィスのあった二子玉川から自由が丘・三軒茶屋・下北沢・渋谷に至るまでのレストランや居酒屋さんに足繁く通いビラ貼り等の宣伝活動を開始します。
広告費なんて捻出できませんから、自力で出来ることは全て行いました。
結婚式二次会のプロデュース業スタート
それが結果としてなんとか結婚式二次会プロデュースの注文に繋がり、1件2件と仕事を受注することが出来始めました。
結婚式二次会にはもちろん招待されるゲストがいます。その平均人数は約60名。
そのパーティーに参加する平均60名のゲストは、いわば結婚を控えた「未来の新郎新婦」とも言え、ゲストがNEO FLAG.の世界観を体感・感動することで、次なる顧客または、その先の友人を紹介頂く まさに、「幸せの数珠繋ぎ」が始まりだしました。
そして、それはウェディング顧客だけで留まらず、当時の時代背景としてFacebook・Twitterを中心にSNSがどんどん認知され出し、それが若者の間で【口コミ文化】となり、NEO FLAG.は上手くその波に乗り
結果として、企業イベントや、豪華クルーズ客船「飛鳥Ⅱ」での大相撲クルーズイベント等のプロデュースへと発展していきます。
それが、更なるニュースとなり、SNSでつぶやかれ少しづつ集客へと繋がっていきました。
本質からブレる事なく、【なるべく金銭的、負担のない形で、幸せな1日を創ってほしい…】
という思いのみで、決して会社の運営は楽ではなかった(いやむしろ、いつもぎりぎり…)けれど、本当に刺激的な創業期だったのを今でもよく覚えています。
そして時は流れ・・・
創業メンバーの離脱や、大切な社員との出会いや別れ。
新野の創業時の1つの夢であった「記念日レストラン」もオープンを果たし、紆余曲折 様々な壁を乗り越えて当初はたったの4名でスタートしたNEO FLAG.も今では関係するスタッフを含む、総勢90名の仲間と一緒に日々、お客様たちと向き合っています。
今では、ウェディング・レストラン・企業イベントを軸として、
【人々の人生をもっと豊かに】
という理念を掲げて、記念日プロデュースに、全社員で取り組んでいます。
今では2,000組以上のカップルをプロデュース
ウェディングではゼクシィの特集にも、15組以上の事例が特集を組まれ、紹介されてるようになり、今では、無料相談会へのご予約が殺到し、連日、ほぼすべてのスケジュール枠が満席に。
記念日レストランでは、年間300組以上の記念日をお祝いし、新たに開始したケータリング部門ではジャニーズ事務所、大使館や、政府関係者からも数多くオファーを頂けるように。
そして、誰しもがご存知の有名企業の入社式や、周年パーティー、1,000名を超える規模のパーティーも数多く、手がけさせて頂けるようになりました。
ここまで成長できたのは代表の新野が経験した2つの大きな不幸な出来事がいつも胸にあるから。
そして、その分、
「記念日を祝い、承認すること・されること」
の大切さをいつも大事にしているから。だと考えています。
最後に…
新野個人が、事業を生み出す時に大切にしてる言葉。
「ロケットが宇宙に行く時代に、人力車の事を考えてみないか?」
スピードの速いものは重宝され、遅いものは淘汰されていく今の時代。だからこそ、記念日だけはアナログであれ!
「人力車から見える光景」「人力車だから得られる体験」を大切にして事業を成し遂げて行こう!という意味です。
この言葉を胸に、令和の新時代も、ユニークなメンバーで、楽しんでいきたいと思います!
そして、令和の時代は、人々の人生に訪れる様々なライフステージにもサービスインして、
NEO FLAG.だからこそ出来ること!
をどんどん提供していきたいと思っています。長文になってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました!
是非、感想など、(ここをクリック)LINE公式からしてくれたら嬉しいです。
甘いもの大好きな尾山でした!
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自己負担金額の目安
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